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東京高等裁判所 平成5年(ネ)2971号 判決

東京都渋谷区恵比寿南二丁目八番二号

控訴人

株式会社学研映像制作室

右代表者代表取締役

原田英男

右訴訟代理人弁護士

荒竹純一

千原曜

久保田理子

清水三七雄

原口健

大久保理

河野弘香

野間自子

本山信二郎

船橋茂紀

右訴訟復代理人弁護士

青木秀茂

東京都大田区上池台四丁目四〇番五号

被控訴人

株式会社学習研究社

右代表者代表取締役

沢田一彦

右訴訟代理人弁護士

黒沢雅寛

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人(第一審被告)

「原判決を取り消す。被控訴人の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決

二  被控訴人(第一審原告)

主文と同旨の判決

第二  当事者の主張

一  事案の概要

本件は、被控訴人が、控訴人の使用する商号(以下「本件商号」という。)は、被控訴人の略称として、遅くも昭和五四年頃までには、全国に広く知られた「学研」の表示(以下「本件略称」という。)に類似するため、被控訴人の営業活動と混同を生ぜしめ、右商号使用行為により被控訴人の営業上の利益が害されるおそれがあるとして、平成五年法律四七号による改正前の不正競争防止法一条一項二号に基づき、本件商号の使用の差止め及びその抹消登記手続を請求するものであるところ、控訴人は、本件略称が右時期頃までに被控訴人の営業表示として広く知られたものであることについては知らないと述べるとともに、本件略称を控訴人の商号として使用することについて、被控訴人から許諾を得ていると述べて、本件請求を争っているものである。本件の主要な争点である控訴人が本件略称を商号として使用することにつき被控訴人から許諾を得ているか否かの点に関する当事者双方の主張は以下のとおりである。

二  控訴人の主張

1  昭和五四年当時、被控訴人の常務取締役であり、かつ、映像局長であった原正次(以下「原常務」という。)は、映像局の業務に関連して、また、右当時、映像局映像システム部長であった石川茂樹(以下「石川部長」という。)は、同部の業務に関連して、いずれも、第三者に対して、本件略称の使用を許諾する権限を有していた。

なお、同人らが右各許諾権限を有していたことは、その頃、同人らが、被控訴人の映像局の仕事(映像制作)を担当していた小野プロダクション、カンノ・クリエイティブ株式会社、高綱プロダクション及びユニオン企画等に対して、本件略称を対外的に使用することを許諾していた事実から明らかであり、右の使用が対外的なものである以上、商号としての使用許諾と何ら区別すべきものではないというべきである。

2  原常務及び石川部長(以下、両名を一括して「原常務ら」という。)は、昭和五四年八月頃、控訴人の代表者である原田英男(以下「原田」という。)に対して、本件略称を商号として使用することを許諾したため、控訴人は、本件商号の使用を開始したものである。

なお、原常務らが、控訴人に対して本件略称の使用を許諾した事情は、以下のとおりである。

原田は、昭和五二年二月以降、被控訴人会社の映像局映像システム部で、PR映画の営業及び映像プロデュースの仕事を担当していたところ、被控訴人は、同五四年八月、経営上の理由から右映像システム部を廃止した。ところが、右廃止当時、被控訴人は、関西電力株式会社(以下「関西電力」という。)から同社の産業用PR映画の製作を受注し、制作中であったため、関西電力に対して、右PR映画を被控訴人の関連会社が完成したとの形を取る必要が生じた。そこで、当時、会社を設立し独立してPR映画の製作等の仕事を始めようとしていた原田に対し、原常務らは、本件略称の商号としての使用を許諾し、原田が、本件略称を含む商号名の会社を設立し、同社において関西電力から受注した前記PR映画を完成して欲しい旨懇請したものであり、右懇請を受けた入れた原田は、控訴人会社を設立し、右PR映画を完成させたものである。

3  仮に、1項の原常務らの各許諾権限が認められないとしても、原常務らは、映像局ないし映像システム部の対外的な行為(物品購入契約、受注契約等)について包括的な代理権を有していたところ、前記のとおり、原田は、原常務らから、本件略称の商号としての使用の許諾を受けたものであり、前項に述べた事情からすると、原田は、原常務らが、本件略称の商号としての使用許諾権限を有するものと信ずるつき正当な理由があったものであり、かつ、信ずるについて過失がなかったものである。

二  控訴人の主張に対する被控訴人の認否

1  控訴人の主張1のうち、昭和五四年当時における被控訴人会社における原常務らの地位については認めるが、その余は争う。

2  同2のうち、原田が、昭和五二年二月以降、被控訴人会社の映像局映像システム部で、産業用PR映画の営業及び映像プロデュースの仕事を担当していたこと並びに昭和五四年八月、被控訴人が関西電力から受注した同社の産業用PR映画の制作中であったことは認めるが、その余は争う。被控訴人は、原田と業務委託契約を締結していたが、昭和五四年八月右契約を解消した。その後、控訴人は被控訴人の下請として右PR映画を撮影、編集したが、関西電力の納得を得られなかったため、改めて被控訴人において撮影、編集をやり直して完成させたものである。なお、被控訴人は、昭和五四年八月、映像局映像システム部を廃止したが、同部の業務は映画制作室が引き継いだものである。

3  同3は争う。

第三  証拠

証拠関係は原審及び当審の証拠目録記載のとおりである。

理由

一  いずれも成立に争いのない甲第二号証ないし第九号証、第二九号証の二の一ないし三、第二九号証の三、四の各一ないし四、並びに、いずれも弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一号証、第一〇号証及び第二九号証の一によれば、被控訴人は、昭和二二年三月三一日設立され(現在の資本金は、一八〇億五二〇二万円余)、図書、雑誌、教科書その他印刷物の開発、製作、販売及び各種のPR映画、ビデオソフトウエア、テレビコマーシャルフィルム、教育映画の企画・製作等の事業を全国的規模で行った結果、遅くとも昭和五四年までには、本件略称が被控訴人及び被控訴人の系列会社であることを示す営業表示として、日本国内において取引者、需要者の間に広く認識されていた事実を認めることができ、他にこれを左右する証拠はない。

二  そこで、原常務らが、本件略称を商号として使用することについての許諾権限を有したか否か、及び、原田に対して許諾したか否かについて、以下、検討する。

1  昭和五四年当時、原常務らが、被控訴人会社において、それぞれ控訴人主張の地位にあったこと、並びに、原田が昭和五二年二月頃から、右映像システム部で産業用PR映画の営業等の仕事を担当していた事実はいずれも当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三三号証及び同乙第二号証(原田の平成三年一〇月一四日付け報告書)並びに原審証人石川茂樹の証言、同控訴人代表者の尋問の結果及び当審証人原正次の証言によれば、被控訴人会社と原田の関係は、被控訴人会社が原田に対し、産業用PR映画の受注、制作等を主たる内容とした業務を委託した契約関係によるものであり、被控訴人会社の映画制作部門の組織改編に伴い、昭和五四年八月、原田との右業務委託契約が解消されたため、これを契機として、原田は、自己の経験を生かして、産業用PR映画の制作等を業務とする会社の設立を計画し、控訴人会社を設立した事実を認めることができる。

また、成立に争いのない乙第一号証によれば、控訴人会社は、昭和五四年九月一一日、名称を「株式会社学研映像制作室」、会社の目的を各種産業映画、ビデオ、スライド、テレビコマーシャルの企画制作等、代表取締役を原田、として設立されたが、同五四年一一月二日、商号を「株式会社映像文化社」と変更し(その旨の登記は同月二八日)、さらに、同五四年一二月三日、再び「株式会社学研映像制作室」と従前の商号に戻し(その旨の登記は同月五日)、現在に至っている事実を認めることができる。

2  控訴人は、原常務らが本件略称を商号として使用することの許諾権限を有したことは、同人等が、控訴人以外の他の第三者に対して本件略称の使用を許諾してきた事実から明らかであると主張するので、まず、この点を検討する。

(一)  弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一三号証の一によれば、蒲谷雄二は、自己の氏名の肩書として「学研映画」、「制作」と二段に書き分けるとともに「O・N・Oプロダクション」の名称とその住所地及び電話番号等をそれぞれ記載した名刺を作成、使用していた事実を認めることができ、右「学研映画」の記載からすると、右蒲谷が、学研映画の制作、すなわち、被控訴人の映画制作の仕事に従事する者であることは窺われるとしても、その所属するプロダクションが「O・N・Oプロダクション」であることは前記の記載自体から明らかであって、右名刺の記載をもって本件略称を右プロダクションの商号として使用したものと認める余地はないといわなければならない。また、この点について、前掲証人原の証言によれば、被控訴人の映像局においては、映画制作に当たり、各種プロダクション等を下請けとして使用する際、当該映画の制作期間中に限って、業務の円滑な進行を図る観点から、右下請けのプロダクション等に本件略称を使用することを許していた事実を認めることができるところ、この事実によれば、前掲乙号証の名刺もこのような事例の一つと推認することができるものであるから、前記の名刺の存在が、本件略称を商号として第三者が使用することを許諾していたことの根拠となるものではない(なお、控訴人は、被控訴人が他のプロダクションに対しても本件略称を対外的に使用することを許諾していた旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、前記原証言に照らしても、このことから原常務らにおいて、本件略称を商号として第三者が使用することを認めていたとすることはできない。)。

この点について、控訴人は、下請けプロダクションに対する本件略称の右使用許諾も対外的な使用許諾である以上、商号としての使用許諾と異ならない旨主張するが、前者は被控訴人が受注した映画の制作上の必要から、いわば当該プロダクションが被控訴人の監督下にあることを示す趣旨で、右制作期間中に限って採られた措置であることは前記認定のところから明らかであって、永続的な営業表示としての使用を許諾する後者と許諾の趣旨が異なることは明らかであるから、右主張は到底採用できない。

したがって、前記の下請けプロダクション等に対する本件略称の使用許諾をもって、本件略称の商号としての使用許諾に当たるとする控訴人の主張は採用できない。

(二)  次に控訴人は、控訴人主張の経緯で、原常務らが原田に対して、学研の略称を商号として使用することを許諾した旨主張するところ、その趣旨は、控訴人主張の経緯に照らし、原常務らが前記の許諾権限を有していたことは明らかであるというものと解されるから、以下、この点を検討する。

前掲乙第二号証の記載及び控訴人代表者の前記尋問の結果中には、要旨、被控訴人の映画制作部門の組織改編が行われた昭和五四年八月頃、被控訴人は関西電力から受注した産業用PR映画の制作途中であったところ、〈1〉右組織改編の結果、産業用PR映画の制作部門が廃止された、〈2〉このため、原常務らは、右PR映画を被控訴人の関連会社が制作したものとして処理する必要性を生じ、〈3〉原常務らは、昭和五四年八月頃、被控訴人の映像局の一室で、新会社の設立を計画していた原田に、本件略称を商号に使用した新会社で右PR映画の制作を引き継ぐことを要請し、原田がこれを受け入れ、控訴人会社が設立された、との記載及び供述が存するところである。

そして、成立に争いのない乙第八号証(岡崎明の昭和五四年の手帳)には、同年八月二八日欄に対応する右側余白欄に「社名の件〔学研〕原常務のOKとる(原田)」との記載があり、また、当審証人岡崎明の証言中には、そのころ、被控訴人の映像局内の一室で、原常務、石川部長、原田らが黒板に本件略称の含まれた会社名をいくつか書いて話合いをしていたところを見たことがある旨の証言が存するところである。しかしながら、他方、同証言中には、岡崎自身は右話合いに参加していなかったというのであり、また、前記手帳の記載についても、原常務からこれから本件略称の使用について承認を取るとの趣旨であったのか、それとも、既に承認を得たとの趣旨であったのか不明であると述べ、さらに、控訴人の商号である「学研映像制作室」の中の「映像制作室」との部分は自分の提案である旨証言しているが、本件略称の使用許諾については岡崎自身が直接関与したことは全くなく、全て原田からの伝聞である旨述べているところであって、結局、岡崎証言の信用性は、本件略称の商号としての使用許諾の点に関する限り、原田の前記記載ないし供述の信用性の存否に依存するものであって、それ以上に出るものではないといわざるを得ない。もっとも、前記岡崎の証言中には、映像局内の一室で、原常務、石川部長、原田らが黒板に本件略称の含まれた会社名をいくつか書いて話合いをしていたところを見たことがある旨の証言部分が存在するが、後記のとおり、前掲証人石川及び同原は、その各証言中において、右話合いの事実を否定するところであり、他にこれを的確に裏付ける証拠はなく、また、前記のように岡崎自身が右話合いに直接参加していたものではなく、さらに、前記認定のように、被控訴人は下請けのプロダクション等に対して、下請け期間中に限り、業務の円滑な進行を図る観点から本件略称の使用を許可していたとの事実があることからすると、前記岡崎の右証言部分をもって直ちに、本件略称の商号としての使用許諾があったものと即断することは困難であるといわざるを得ない。

そこで、進んで、原田の前記記載及び供述について検討する。

前掲証人石川及び同原の各証言中には、原田に対し、被控訴人の映像局の一室で本件略称の使用を許諾した事実はないとの証言がある。

そして、控訴人は、前項に認定したとおりその商号を変更しているところ、成立に争いのない甲第一八号証によれば、原田は、石川部長に対し、昭和五五年八月九日頃、「株式会社映像文化社、代表取締役原田英男」の名前で封書を送った事実が認められ、また、同甲第一一号証及び同甲第一三ないし第一五号証によれば、控訴人は、被控訴人に対し、「(会社名)」欄に「株式会社映像文化社、代表取締役原田英男」、振込銀行欄に「第一勧銀六本木」の各記載等がある昭和五六年八月六日付けの銀行口座振込指定書を差し入れているところ、昭和五八年一二月八日頃、同五九年二月二一日頃及び同年七月二三日頃にそれぞれいずれも被控訴人から控訴人の第一勧業銀行六本木支店の前記認定の口座に営業手数料が振込送金された事実を認めることができ、この事実を左右する証拠はない。

以上の事実によれば、控訴人は、既に認定のとおり、昭和五四年一二月三日、その名称を再び「株式会社学研映像制作室」と従前の商号に戻した後も、被控訴人との関係、すなわち、石川部長に対しても、また、具体的な商取引においても、「株式会社映像文化社」の商号を一貫して使用していたものと推認せざるを得ないというべきである。

もっともこの点について、前掲乙第二号証の記載及び同控訴人代表者の尋問の結果中には、石川部長から「株式会社学研映像制作室」の商号では関西電力から受注した前記PR映画の中間金の支払はできないと経理担当からいわれたため、支払を得るための便法として、一時的に商号変更を求められ、やむなく前記のとおり商号を変更したものであり、このことは石川部長も熟知の上のことであったとの記載及び供述が存するところである。

しかしながら、前記認定の石川部長宛の封書の記載からすると、前記の商号の変更が単なる経理上の便法であり、石川部長もこの点を熟知していたとの前記記載及び供述部分には疑問があるといわざるを得ないし、そもそも、商取引における金銭支払の相手方の特定は、金銭の支払いが商取引における最も重要な局面の一つであることを考慮すると、控訴人が被控訴人に対する関係において、一貫して「株式会社映像文化社」の商号を使用し続けていたことからみて、控訴人が本件商号の使用の許諾を被控訴人から得ていたとするには極めて重大な疑問があるものといわざるを得ず、前記の単なる経理処理上の便法であるとの記載及び供述部分をもって右疑問を払拭することは到底困難であるといわざるを得ないというべきである。

(三)  さらに、原常務らが原田に対し、本件略称を商号として使用することを許諾した動機として控訴人が主張する関西電力のPR映画の処理の経緯について、以下、検討する。

前掲甲第三三号証、同乙第二号証及び同乙第九号証、成立に争いのない甲第一六号証の一七、同乙第一二号証、前掲証人岡崎の証言により成立の認められる乙第八号証、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第三〇号証、同乙第五号証及び同第一六号証の一、及び控訴人主張の写真であることに争いのない乙第一一号証並びに前掲証人石川の証言(但し、後記認定に反する部分は除く。)、同岡崎の証言及び同控訴人代表者の尋問の結果(但し、後記認定に反する部分は除く。)によれば、以下の事実を認めることができる。すなわち、

原田は、被控訴人との業務委託契約に基づき、関西電力から産業用PR映画「電気の森」の制作を受注する業務を担当した。右PR映画は、原田がプロデューサー、岡崎明が監督として昭和五四年春頃から制作が開始されたところ、原田及び右岡崎は、昭和五四年九月の控訴人会社設立後は、控訴人会社の一員として、右PR映画の制作に当たった。そして、同年八月頃から同年九月頃にかけて関西電力の各地の発電所等での現地撮影等を行いながら編集作業を進め、同年一一月には関西電力の本社で作品の試写をした。しかし、その後、右「電気の森」については関西電力側から制作依頼の趣旨にそぐわないとの異論が出たため、再度、被控訴人において、脚本から作り直すことになり、題名を「森をつくる-エコロジー緑化」と改め、被控訴人の社員である定村武士、建部賢太郎等が制作を担当し、前記岡崎が撮影した写真を相当枚数利用しながら、昭和五五年一〇月頃、右映画を完成した。被控訴人の映像局は、同年一一月一八日、社団法人映像文化製作者連盟に対して右映画の作品登録を行った。

右認定の事実によれば、関西電力から受注した右PR映画制作の契約関係は、題名変更の前後を通じて、終始、被控訴人と関西電力との間の契約であったことは明らかであるから、控訴人会社設立後における右PR映画の制作についての控訴人と被控訴人の関係は、いわゆる下請けの契約関係と解するほかはなく、このことは、控訴人が右PR映画制作の中間金の支払を被控訴人に請求したとの前掲乙第二号証の記載及び同控訴人代表者本人の供述からも充分に窺われるところである。そして、前記認定事実によれば、右PR映画の当初の作品である「電気の森」の制作に関しては、控訴人会社の設立の前後を通じて、原田及び前記岡崎が担当した点において何ら制作担当者が異ならなかったことからすると、原田と被控訴人との契約関係が業務委託契約から被控訴人と控訴人会社との下請け契約に変わったとしても、被控訴人と関西電力との関係については、前記のとおり、契約面はもとより実質上の制作面においても何ら変更はなかったのであって、このことからすると、被控訴人の映像局の組織改編の結果、被控訴人において、関西電力から受注した前記のPR映画の処理のために、原田に本件略称を商号として使用することを許諾する必要性が生じたとする合理的理由を見いだすことは困難であるといわざるを得ない。

したがって、以上のような点からすると、原田に対しても、映画制作業務の円滑な進行を図る観点から、前記(一)に認定したのと同様の趣旨で本件略称の使用を許諾するという程度のことはあり得ないことではないとしても、原常務らが、関西電力から受注したPR映画の処理の必要上、本件略称を商号として使用することを原田に対して懇請し、これを許諾したとの控訴人の主張を肯認することには疑問があるというべきであり、他に本件全証拠を精査しても、これを認めるに足りる的確な証拠はない。

(四)  なお、原審証人清水松太郎の証言及び同証人森井政司の証言中には、控訴人主張に沿う部分があるので、以下、右各証言について検討する。

右清水の証言によれば、同人は、昭和五四年当時、被控訴人の映像局と取引のあった本田技研工業株式会社において、右映像局との取引担当者であったところ、その証言中には、要旨、昭和五四年、被控訴人の原常務から、被控訴人の映像システム部を廃止することに伴い、原田が独立するので、新たな映画制作については、今後、原田と交渉して欲しい旨の連絡を受けたこと、原田から本件商号の会社名で会社設立の案内を受けたこと、原田から本件商号の使用について被控訴人の原常務から使用の許諾を受けたとの説明を受けたこと、等の証言が存するが、右証言を精査しても、原常務らから本件商号使用を許諾した旨の話を聞いたことはなく、また、同人らの面前において原田が本件商号を使用したとの点についても明確な証言はないのであるから、右証言は、原田からの伝聞に依拠するものといわざるを得ず、この意味で、結局は、前掲乙第二号証の記載及び同控訴人代表者の供述の信用性に依存するところ、この点については既に説示したとおりの疑問が存するものといわざるを得ないから、右清水の証言をもって、控訴人主張を肯認するには足りないというべきである。

次に、前記森井の証言によれば、同人は、昭和五四年当時、被控訴人の関連会社である学研クリエーティブ株式会社の映像部長の地位にあった者であるが、その証言中には、本件商号の使用について、被控訴人の許諾を受けた旨の控訴人主張に沿う証言が存するところであるが、右証言の根拠とするところは、同人の上司から被控訴人の上層部が本件略称を商号として使用することを原田に対して承認しているようだとの話を伝聞したということに尽きるのであって、右上司の話自体推測であって明確な根拠も示されていないのであるから、右証言をもって、控訴人主張を肯認するに不十分なことは明らかというべきである。のみならず、かえって、右証言及び右証言によって成立の認められる乙第六号証によれば、被控訴人は、昭和五六年頃、原常務の名前で、控訴人会社は被控訴人会社とは無関係であり、本件商号の使用により控訴人会社が被控訴人会社の関連会社と誤解され迷惑を受けていることを要旨とする文書を作成して取引関係者に配付した事実を認めることができる。

したがって、右各証言をもって控訴人の前記主張を裏付けるには足りないといわざるを得ない。

(五)  以上の次第であるから、原田において、原常務らから本件略称を商号として使用することの許諾を受けたとの控訴人主張は、右原常務らが許諾権限を有するとの点においても、また、同人らが原田に対し許諾を与えたとの点においてもいずれもこれを認めるに足りる証拠はないといわざるを得ない。

3  控訴人は、仮に、原常務らに本件略称の商号としての使用を許諾する権限がなかったとしても、控訴人には、原常務らに右権限があると信ずるに足りる理由があったから、本件略称の使用権限があると主張する。そこで、右主張について検討すると、前項に認定説示したとおり、そもそも原常務らによる許諾行為自体が認め難いものである以上、右主張は前提を欠くものであって、採用できないというべきである。

三  本件商号が前記一認定のとおり被控訴人の営業表示として全国的に周知である本件略称を要部とすることはその構成自体から明らかであるから、両者は類似するものであり、控訴人が、本件商号を用いて行う前記二1認定の映画制作等の営業活動は被控訴人のそれと混同を生ぜしめるものと認められ、これにより被控訴人が営業上の利益を害せられるおそれがあるものというべきであるから、被控訴人の請求は理由がある。

四  よって、本訴請求は理由があるから、これと同旨の原判決は正当であって、民事訴訟法三八四条一項により本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

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